新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中でワクチンや治療薬が開発されましたが、新薬の開発は時間とコストがかかるプロセスです。

成功確率は約3万分の1と言われ、研究開発費は約1,000億円以上、研究開発期間は10年以上が必要とされます。

このような状況の中で、製薬業界ではデジタル技術を活用して新薬開発の効率化やイノベーションを目指す動きが活発化しています。

そのキーワードが「創薬DX」です。

本記事では、創薬DXとは何か、どのようなメリットやデメリットがあるか、日本での取り組みや事例などについて解説していきます。

創薬DXとは

創薬DXとは、創薬プロセスにおいてデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現することで、新薬開発のスピードアップや品質向上、コストダウンなどを目指す取り組みです。

具体的には、以下のようなデジタル技術が創薬プロセスに導入されています。

IoT(Internet of Things)

製品や設備にセンサーを取り付けてリアルタイムにデータを収集・送信する技術です。これにより、製品の品質や設備の稼働状況などをモニタリングしたり、故障や異常を早期に検知したりすることができます。

AI(Artificial Intelligence)

人工知能とも呼ばれる技術です。IoTで収集したデータや文献情報などを分析・処理することで、標的探索や化合物設計、毒性予測などの創薬タスクを自動化・高度化したり、新たな知見や仮説を導き出したりすることができます。

AR(Augmented Reality)/VR(Virtual Reality)

拡張現実とも呼ばれる技術です。現実世界に仮想的な情報や画像を重ね合わせたり、仮想空間に没入したりすることで、製品の試作や評価、教育・訓練などを行うことができます。

デジタルツイン

現実世界に存在する製品や設備の情報をリアルタイムに収集し、仮想空間に再現する技術です。これにより、製品のシミュレーションや最適化、アフターサービスなどを行うことができます。

これらのデジタル技術は相互に連携し合いながら、創薬プロセスの各段階においてデータを活用することで、新薬開発の効率化やイノベーションを実現することが期待されています。

創薬DXのメリットとデメリット

創薬DXのメリット

創薬DXには、以下のようなメリットがあります。

新薬開発のスピードアップ

デジタル技術により、標的探索や化合物設計などの創薬タスクを自動化・高度化することで、新薬開発にかかる時間を大幅に短縮することができます。

例えば、AIを用いたデジタル創薬企業のExscientia社は、強迫性障害治療薬候補のリード化合物を通常4.5年かかるプロセスを1年未満で完了し、世界初の臨床試験を開始しました。

新薬開発の品質向上

デジタル技術により、製品や設備の状態をリアルタイムにモニタリングしたり、仮想空間で製品の試作や評価を行ったりすることで、製品の品質や性能を向上させることができます。

例えば、デジタルツインを用いた製造企業のPTC社は、製品の故障率を50%減らし、製品開発期間を25%短縮しました。

新薬開発のコストダウン

デジタル技術により、物理的な試作品や試験装置などのコストを削減したり、設備の故障や停止による損失を防止したりすることができます。

例えば、AIを用いたドラッグリポジショニング(既存薬の再利用)は、基礎から前臨床試験までのコストを約60%削減することができます。

新薬開発のイノベーション

デジタル技術により、従来では見つけられなかった新たな標的や化合物、治療法などを発見したり、新たなビジネスモデルやサービスを提供したりすることができます。

例えば、AIを用いたDeep Genomics社は、ミスセンス変異と捉えられていた変異が選択的スプライシングを誘導し、ウィルソン病の治療標的となることを見出しました。

創薬DXのデメリット

一方で、創薬DXには以下のようなデメリットもあります。

デジタル技術への投資コスト

デジタル技術を導入するには、センサーやクラウドサーバーなどのハードウェアやソフトウェアへの投資コストがかかります。

また、デジタル技術に対応した人材や組織体制も必要となり、これらは初期費用や運用費用として負担となります。

例えば、AIを用いた創薬プラットフォームのAtomwise社は、約100億円の資金調達を行いました。

デジタル技術の信頼性や安全性

デジタル技術は、人間の判断や操作に依存しない自律的な動作を行うことができますが、それゆえに誤動作や不正アクセスなどのリスクもあります。

例えば、AIは、データの品質や量、アルゴリズムの設計などによってバイアスや誤りを生じる可能性があります。

また、IoTやクラウドなどは、サイバー攻撃やハッキングなどによってデータの漏洩や改ざんなどの被害を受ける可能性があります。

デジタル技術の倫理的・法的・社会的課題

デジタル技術は、人間の知識や能力を超えることができますが、それゆえに倫理的・法的・社会的な課題も生じます。

例えば、AIは、人間の意思や責任を代替することができますが、それに伴う倫理的な判断基準や法的な責任分担などが明確ではありません。

また、デジタル技術は、人間のプライバシーや知的財産権などを侵害することがありますが、それに対する保護や規制などが十分ではありません。

創薬DXの日本での取組み

日本の製薬工場の課題

現在の日本の製薬工場は、以下のような課題に直面しています。

国際競争力の低下

日本の製薬業界は、米国や欧州などに比べて新薬開発のスピードや品質が劣っており、国際競争力が低下しています。

また、新興国やバイオベンチャーなどによる市場参入も増えており、市場シェアも減少しています。

製造コストの高騰

日本の製薬工場は、人件費や設備費などの製造コストが高く、利益率が低くなっています。

また、医療費抑制策として薬価引き下げや後発医薬品(ジェネリック医薬品)への切り替えが進められており、収益性も低下しています。

規制環境の厳格化

日本の製薬工場は、厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)などの規制機関による製品の承認や監査が厳格化されており、製品の開発や製造に時間やコストがかかっています。

また、グローバルな規制機関や基準にも対応しなければならず、コンプライアンスの負担も増えています。

日本の創薬DXの事例

日本の創薬DXの事例については、以下のようなものがあります。

NEC

NECは、AIをはじめとする広範なIT技術を用いて個別化がん免疫療法など創薬に関する様々な取り組みに挑戦しています。

例えば、新型コロナウイルスとその近縁種ウイルスを含むベータコロナウイルス属全般に有効な次世代ワクチンの開発をCEPIと共同で行っています。

中外製薬

中外製薬は、DXを全社的に実現するために、デジタル・IT統轄部門を設置し、デジタル技術の導入や人材育成、組織文化の変革などを推進しています。

例えば、AIやIoTなどを活用した製造プロセスの最適化や品質管理、デジタルマーケティングやテレワークなどを実施しています。

第一三共

第一三共は、AIを用いた創薬プラットフォームのExawizardsと協業し、新たな標的や化合物を発見することを目指しています。

例えば、AIが自動的に仮説を立てて実験計画を提案し、実験結果から学習して仮説を更新するというサイクルを行っています。

これらは、日本の製薬業界がデジタル技術を活用して新薬開発の効率化やイノベーションを目指す一例です。

他にも多くの製薬企業がDXに取り組んでおり、今後もさらなる発展が期待されます。

まとめ

本記事では、創薬DXとは何か、どのようなメリットやデメリットがあるか、日本での取り組みや事例などについて解説しました。

創薬DXは、製薬業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)であり、新薬開発の効率化やイノベーションを目指す取り組みです。

日本の製薬工場は、国際競争力の低下や製造コストの高騰、規制環境の厳格化などの課題に直面しており、創薬DXの導入が必要とされています。

日本が創薬DXを実現するためには、海外の取組みを参考にしながら、デジタル技術の開発や導入、人材や組織体制の変革、規制や倫理などの対応などを行う必要があるでしょう。

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